連載・コラム ロサンゼルスで暮らす人々

編集: Weekly LALALA - 2019年11月26日

曲がりくねった道走りぬいた地球一周
自転車冒険家
出堀 良一
Yoshikazu Debori

115の国と地域、124,850km。10年と2日間をかけて自転車世界一周を果たした出堀良一さん。2011年東日本大震災発生時には、被災地を思い復興の力になりたいと日本へ戻ろうとしたが、日本の仲間が「君が旅を諦めないことが人々の勇気になるから決して帰るな」と言ってくれた厳しさが旅の原動力にもなった。写真のエチオピアでは少数民族との出会いもあった。ダサネチ族の少女と(2013年)。

115の国と地域、124850km、10年と2日間―。

自転車冒険家、出堀良一さんが自転車世界一周の旅で訪れた国と地域、走行距離、旅に要した時間だ。

2009年6月6日に東京を出発し、今年6月8日にゴール。出発から一度も帰国せず10年ぶりに日本の土を踏んだ。

 

出堀さんの自転車の旅は、アラスカ州アンカレッジをスタート地点にアメリカ大陸から始まった。

「まずは北のアラスカから最南端のアルゼンチンを目指しました。

アンカレッジからフェアバンクスを経てカナダ方面へ。バンクーバーからシアトル、イエローストーンに立ち寄り、ソルトレイクシティ、ロサンゼルスまで行き、カリフォルニアを南へ走りました。アメリカでは目にするほとんどが大自然。

ロッキー山脈の西側は青々とした緑、東側に越えると土と岩の大地。大陸の雄大さに圧倒されっ放しでした」。

ペダルを前へ踏み進めながら、風、大地の匂い、気温の変化を体でじかに感じられるのも自転車の醍醐味だと話す。

「熊の多いアメリカ北部の田舎では、親切な人が熊よけスプレーをくれました。旅先で出会う人たちの温かさが嬉しかったですね」

 

出堀さんが初めに世界一周の旅を思いついたのは10代のころ。

「16歳で家を出て、自分はなんで生きてるんだろうと思い悩んでばかりの自暴自棄でした。

死んだらどうなる?とも考えたが、死ぬのも難しい。だったら徹底的に生きてやろう!

生きるのなら世界一周して、世界の人々の生活や生きざまを知ってみたいと思いました」。

20代で映像制作会社で制作に携り多忙を極めながら、世界一周計画を具現化していった。

 

より多くの国を効率的に走ることをポイントに走行ルートを選択。

各国のビザの要否や、滞在許可期間、通貨、気候、宗教などを調べ上げ、自転車冒険家のネットワークで情報を得て旅を進めていくが、アクシデントもたびたび勃発。

コスタリカではテントを張って野宿していたところを強盗に襲われ気絶。

パスポート以外、自転車もすべて奪われた。

SNSで事件を知った日本のサポーターが急きょ新しい自転車を旅先に送り、旅は再開した。

その後、西アフリカではマラリアにかかった出堀さん。

「その時僕はちょうど博覧会のプロジェクトに携わりJICAさんと一緒に活動していたこともあり、治療薬がすぐ手に入り助かりました」

 

いくつもの壁にぶち当たり蛇行運転を繰り返しながら走りぬいた10年だった。

「世界一周を終えて、人間の力はこんなにすごいんだということ、地球は広いけれど自転車で走り切れる距離であることを実感。

世界中にかけがえのない仲間もできた。国を超えた地球人としての繋がりができたことが旅の宝です」

そんな出堀さんの次の目標は、地球最後の秘境「南極」。

自転車冒険家の夢は果てしなく続く。

テントを張っての野宿生活が基本。アクシデントに遭った時も旅先の人や、日本側でサポートしてくれた人たちにたくさん助けられたという。「旅を始めた2009年時には普及していなかったスマートフォンですが、途中からは大活躍でした」。オーストラリアの世界一長い直線道路にて(2014年)。 出堀良一インスタグラム www.instagram.com/yoshikazu_debori/?hl=ja

大陸を北から南、西から東、端から端まで、地球を走りぬいた。

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