連載・コラム ロサンゼルスで暮らす人々

編集: Weekly LALALA - 2019年10月23日

「音楽人生の転機と挑戦」

映像音楽作曲家

松本 晃彦

Akihiko Matsumoto

戦後を代表するサックス奏者、松本英彦氏を伯父に持つなど音楽一家に生まれ、幼い頃から音楽に囲まれて育った。EPO、松任谷由実などのコンサートにキーボード奏者として参加。映像音楽作曲家として「踊る大捜査線」シリーズ、「リターナー」「非婚家族」「愛の流刑地」など様々な映画・ドラマ音楽を担当。第22回、第27回日本アカデミー賞映画音楽部門優秀賞受賞。オフィシャルウェブサイトwww.matsumotoakihiko.com

 アイドル歌謡の全盛期、Jポップの黄金時代ともいわれる1980年代の日本の音楽業界。松本晃彦さんが作曲家として本格始動したのはそんな時代だった。1984年に音楽事務所に入社し、最初にプロデュースした吉川晃司のアルバムがオリコンランキング1位を獲得。多数のアーティストに1500曲以上を提供した。「当時は日本も音楽業界もバブル期。電気会社やおもちゃ会社がこぞってレコード会社部門を設立するほどの盛り上がりで、仕事の依頼が殺到したものです。90年代までのほとんどのアーティストの曲に携わりました」

 

アーティストへの楽曲提供を主に行っていた松本さんの転機となったのが、サウンドトラック制作を担当したテレビドラマ『踊る大捜査線』。織田裕二主演、爆発的ヒットとなったこの刑事ドラマのオープニング曲は、映像にインパクトを添えるサウンドとしてお馴染みとなっている。「あの曲は、出だしで南米の琴のフレーズをループさせ、バックでドラムを打ち込んだダンスミュージックです。当時のドラマに使われる曲はジャズベースのサウンドが主流でしたが、そこに私はシンセサイザーを用いた打ち込み系の音楽を持ち込んでみました」。現在、同テーマ曲は東京テレポート駅でも流れており、ドラマのために作った曲が様々なシーンで愛されているのは感慨深いと話す。

 

『踊る大捜査線』の音楽を制作して以来、映像音楽作曲家に転身を図り、多くの映画やドラマの劇中音楽制作を手掛ける。サウンドトラックを担当した細田守監督の映画『サマーウォーズ』(2009)がアカデミー賞アニメーション部門でノミネート候補になったことで海外での活動を志すようになり、ブラジル映画『汚れた心』(2012)はブラジルのアカデミー賞音楽賞を受賞。グローバルに活動を広げていき、4年前にロサンゼルスに移住。LAと日本を行き来する中で今年は日本テレビ系ドラマ『3年A組―今から皆さんは、人質です―』や『24時間テレビ』ドラマスペシャル『絆のペダル』、10月クールの日本テレビ系ドラマ『ニッポンノワール―刑事Yの反乱』などの音楽を担当した。 

 

新しい分野で挑戦することが好きで、一つのきっかけが起こるたびに方向転換を重ねてきた。そんな松本さんにとって、アメリカ生活のすべてが新たな大きな挑戦といえる。「アメリカは多くの才能あふれるアーティストたちが世界各国から集結している、まさにオリンピック会場です。インターネットの時代の波にのまれて日本の音楽業界は小規模化しつつありますが、国内消費に走ることなく、アメリカのように外向きにフォーカスしていくべきだと思っています」。

Selena GomezやRachel Plattenなどトップアーティストのプロジェクトに参加するベースプレイヤーのBenjamin Sturley氏と。「アメリカでは素晴らしい音楽家たちとの出会いがありますし、多様な人種との関わりを通して、これまでにない音楽家としての生き方を学ぶことができます」

チェロ奏者のマレク・シェパキエノヴィッチさん(右)はアカデミー賞、エンジニアのダン・ブレッシンガーさん(左)はグラミー賞受賞者

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それが私のプロフェッショナル

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成相 麻子
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    患者のために行動する それが私のプロフェッショナル Scripps Memorial Hospital La Jolla 心臓外科オペ室ナース 成相 麻子 Asako Nariai    

    2020年04月02日 ロサンゼルスで暮らす人々

    「心臓の手術は必ず一旦心臓をとめなければなりません。やるべきことがすべて終わって再び心臓が動き出す瞬間に立ち会うときが最もやりがいを感じるとき」冷静なやや低い語り口から繰り出される彼女の言葉には心を鷲掴みにされた。 がんの手術は機能を取り除く喪失であるのに対し、心臓は機能を回復させる手術。 「喪失ではなく回復だから好きなんです」なるほど。そんな風に世界が見えているのか。   成相麻子さんが医療の世界に進んだきっかけは「高校の保健の先生が個性的で面白かったから」卒業後は先生と同じ聖路加看護大学へ進学。看護大を出ると看護師・保健師の免許がとれ、保健師免許で産業保健師(民間企業勤務の保健師)として働くこともできる。 「それがわかった上で進学しました」しっかりした人だ。   卒業後は東京の虎の門病院に勤務した。12年在職したうち後半6年間は心臓外科オペ室(手術室)主任。 オペ室ではない他のフィールドに挑戦したいと思っていた矢先、夫の渡米が決まる。 「米国の医療現場で働けるというのは私にとってチャンスなのでは」前向きな彼女はそれを好機と捉えた。当時「キャリアを捨てることが恐くなかったのか」と尋ねたことがある。彼女の答えを忘れたことはない。 「12年かければこれだけのことが出来るという自信があった。日本を離れても努力すれば私はひとかどの人物になれると信じていました」   2016年渡米。彼女はその言葉通りの人生を突き進む。 子供を育てながら勉強し、2017年12月加州の看護師資格を取得。2019年9月からナーシングホーム(医療を受けられる介護施設)で働いた。 ずっとオペ室で働いてきた分、異世界だった。歯がない高齢者の言葉は分かりにくく、認知症患者は話の筋道がなく理解するのに苦労した。しかしこの時間が彼女の世界を広げる。「最初は不本意なフィールドでも経験を積むことは大事です」   同年12月に現在の職場Scripps Memorial Hospitalに転職。心臓外科オペ室のナースとして再び働き出した。毎日3~6件の開心手術を4部屋でまわす。   日米の医療現場の違いを聞いた。「患者に訴えられることもあるので、特にカウント・記録には気を使います。オリエンテーションでマスシューティングへの対応や興奮した攻撃的な患者家族への対応をロールプレイで学んだのはカルチャーショックでした」 オペ室の緊迫したなかでも敢えて空気を読まず言葉に出して確認する。「患者の安全のために一つずつのコミュニケーションが何より大切。だから流してしまった時は落ち込みます。患者のために行動できるかが私の存在意義ですから」   彼女を貫く信念はどこまでも真っ直ぐだ。その信念が今日も誰かを救っているんだろう。  

  • ママになっても
才能を活かしてほしい

マリンバ奏者

高田 直子

Naoko Takada
 


 

    ママになっても 才能を活かしてほしい マリンバ奏者 高田 直子 Naoko Takada    

    2020年03月26日 ロサンゼルスで暮らす人々

    ぽわん、ぽろん、ぽろろん。まるみを帯びた深い音色。スタジオに続く木製扉の前で耳を澄ませて立ち止まった。 マリンバという楽器をご存知の方はどれくらいいらっしゃるだろう。マリンバは、いわゆる木琴の一種。木琴の音は固く乾いた音であるのに対し、マリンバのそれはやわらかい。   マリンバ奏者の高田直子さんのスタジオを訪れた日は、空には雲ひとつなかった。開け放たれたドアの向こうにマリンバが見える。想像よりもずっと大きい。ビブラフォンもドラムもピアノもあった。光が注がれる楽器はどれも本当に神々しい。   マリンバはピアノよりも鍵盤数が多く感じたので尋ねてみると、すぐさまピアノの前に座り「そんなことないです。ほらね」と慣れた手つきで弾いてくれた。 なるほど、マリンバとピアノはまったく違う楽器にみえるが、考えてみれば同じ鍵盤打楽器だ。たたくことで音を出す。   出会いは8歳。母親と一緒に行った雛祭りコンサートだった。「最初は大きな家具だなって(笑)そこで聴いたのは『熊蜂の飛行』でした」 マリンバに出会ってしまった直子さんは「習いたい」と親に頼んだが、最初の頃は一時的なことだろうと相手にされなかった。けれども変わらぬ情熱に母親は「1回だけね」と約束して教室に連れて行ってくれた。   その1回が2回になり3回になった。そのうちに忘れるだろうと思った親の期待とは裏腹に、彼女の熱意は薄まるどころかどんどん増した。 父親は、新聞紙を切って音の出ない即席マリンバを作ってくれ、彼女はそれで練習した。 遂にマリンバを買ってもらったとき、あまりの嬉しさにマリンバの下で寝たほど。   先生についてめきめきと力をつけた彼女は、11歳で初めて舞台に立った。しかし中学の時に一度マリンバを辞めている。「舞台に立って以降は、周りからプロになるの?どうするの?と何度も聞かれ、それがすごく嫌だったんです」   早稲田大学の心理学科に進み、一年間の交換留学でカリフォルニア大学ノースリッジ校(CSUN)を訪れたことがその後の運命を大きく変える。早稲田を中退し、CSUNの音楽学科に編入し、再びマリンバと向き合う日々が始まったのだ。   「一日6時間、5年間集中すればプロになれる」と信じ、昼夜問わず練習に身を捧げた。 当時の自分の言葉をどう思うかと聞いたら「生意気だったと思います」と笑った。   2002年、ニューヨークで開かれたヤング・コンサート・アーティスト国際オーディションで優勝したことを機にプロとして始動。「20代のときは仕事を選べなかったけど今は選ぶことができて幸せ。子供と過ごす時間が何より大事です」   交換留学初日に出会ったご主人との間には2人の可愛い子供がいる。「才能があるのに子育てでやめてしまう人を私はもったいないと思う。 ママになっても自分の才能を活かしてほしい」彼女の演奏に勇気をもらう理由がわかった気がした。  

  • 出会った瞬間、これだと思った

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ラッセル 知絵

Chie Russell


 

    出会った瞬間、これだと思った サンドアーティスト ラッセル 知絵 Chie Russell  

    2020年03月18日 ロサンゼルスで暮らす人々

    NASP(ノースアメリカンサンドペインターズ協会)で講師資格を取得し、インストラクター、サンドアーティストとして活動するラッセル知絵さん。 連絡先:ラッセル知絵(サンドアーティスト) R.SandPaintingStudio@gmail.com 213-537-3957

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    2020年03月13日 ロサンゼルスで暮らす人々

    NASA Jet Propulsion Laboratory システムズエンジニアの石松拓人さん。2012年に着陸した火星ローバー『キュリオシティ』のエンジニアリングモデルの前で。

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    2020年03月04日 ロサンゼルスで暮らす人々

    今年で創設55周年を迎える日本民謡「松豊会」の民謡歌手、小杉真リサさん。 photo by Albert Lien