連載・コラム ロサンゼルスで暮らす人々

編集: Weekly LALALA - 2020年02月12日

ゴミの墓場に、アートの力で希望に輝く星を

サステイナブルアーティスト

長坂 真護

Mago Nagasaka


 

世界中の電子廃棄物が集まるガーナのスラム街、アグボグブロシーで貧困や環境問題をアートの力で変えようと様々な挑戦を続けるアーティスト、長坂真護さん。街に積み上げられている電子ゴミを使って制作される長坂さんのアートは、日本国内外で高い評価を受け1000万円以上の値が付く。

 アフリカ・ガーナ共和国の首都アクラ近くにあるスラム街「アグボグブロシー」。

世界中から不法投棄された電子廃棄物が集まる「電子ゴミの墓場」といわれるこの場所では、人々がゴミの山をあさって暮らしている。捨てられた電化製品を解体して部品を燃やし、その中から抽出した金属や銅を金に換える。

燃やした部品から有毒ガスが発生し、人々を病気や死に追いやるという負のスパイラル社会が出来上がっている。

この地が抱える地球規模のゴミ問題を世界へ伝え、ゴミの無い地球を目ざして立ち上った一人の日本人がいる。

 

  日本をはじめ世界で活動するアーティスト、長坂真護さんがこの街の現実を知ったのは3年ほど前。

雑誌の小さなコラムに載っていた一枚の写真だった。

「アフリカのスラム街で電子ゴミを切り売りする少女の写真。衝撃的で、僕はいても立ってもいられなくなり現地に飛んで行ったんです。そこには広範囲にわたる乱雑な電子ゴミの山。自分が子どもの頃に遊んでいたゲーム機やテレビ、リモコン、パソコンやマウスなど古くていらなくなったから捨てられた電子機器。中にはまだ使えるものさえある。先進国の発展の末に行き着いた先がその光景だと思うと、今の生活が馬鹿らしくなったんです」

 

  死に汚染されたこの街をアートで救うには・・・現地に移り住んで活動を開始した長坂さんが掲げるのが、2030年までにこの街に建設するリサイクル工場をはじめとしたエコタウンプロジェクト。

その資金作りの主な一つが、「サステイナブル・キャピタリズム」をスローガンにしたアート制作。

電子ゴミを再利用して制作したアートを販売して収入を上げるほか、昨年は現地にミュージアムを作って観光収入を見込むなど多方面からプロジェクトを進めている。

「現地で完全無料の学校運営も行っています。でも、これは寄付や慈善活動ではないんです。現地の人たちと同じ尺度の中で生活をしながら価値共有をして、皆で一緒になって街を良くしていくのが狙いなんです」

 

  数年前よりロサンゼルスにも拠点を構える長坂さんが目を付けたのが、ハリウッドフィルムという大きな映像の力。

エミー賞授賞監督カーン・コンウィザー氏をはじめ業界トップの映画陣と制作したドキュメンタリー映画『Still A Black Star』が完成。

「Still A Black Star=まだ黒い星。ガーナの三色国旗の赤色は、独立の戦いで流れた血を表わし、黄色は鉱物資源や豊かさ、緑色は森林や自然の恩恵を表わしています。

そしてその真ん中には、独立や自由を求めるまだ輝いていない黒い星がある。この映画やアートの力で、黒い星に輝きを放ち、貧困や人権問題なんて無い平和な街を生み出したい」

  そう語った彼はLAのアトリエを後にし、再びアグボグブロシーの地へ向かった。

長坂さんの挑戦を描いた実録ハリウッド映画『Still A Black Star』が完成。画像はガスマスクを着けた長坂さん。毒ガスに包まれた現地にこれまで850個のガスマスクを届けた。映画の予告編は
https://camp-fire.jp/projects/view/221610?list=project_instant_search_resultsより。

現地に完全無料の学校を作り、また昨年は自身の作品を展示するミュージアムを建設した。

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  • 患者のために行動する

それが私のプロフェッショナル

Scripps Memorial Hospital La Jolla
心臓外科オペ室ナース


成相 麻子
Asako Nariai


 

 

    患者のために行動する それが私のプロフェッショナル Scripps Memorial Hospital La Jolla 心臓外科オペ室ナース 成相 麻子 Asako Nariai    

    2020年04月02日 ロサンゼルスで暮らす人々

    「心臓の手術は必ず一旦心臓をとめなければなりません。やるべきことがすべて終わって再び心臓が動き出す瞬間に立ち会うときが最もやりがいを感じるとき」冷静なやや低い語り口から繰り出される彼女の言葉には心を鷲掴みにされた。 がんの手術は機能を取り除く喪失であるのに対し、心臓は機能を回復させる手術。 「喪失ではなく回復だから好きなんです」なるほど。そんな風に世界が見えているのか。   成相麻子さんが医療の世界に進んだきっかけは「高校の保健の先生が個性的で面白かったから」卒業後は先生と同じ聖路加看護大学へ進学。看護大を出ると看護師・保健師の免許がとれ、保健師免許で産業保健師(民間企業勤務の保健師)として働くこともできる。 「それがわかった上で進学しました」しっかりした人だ。   卒業後は東京の虎の門病院に勤務した。12年在職したうち後半6年間は心臓外科オペ室(手術室)主任。 オペ室ではない他のフィールドに挑戦したいと思っていた矢先、夫の渡米が決まる。 「米国の医療現場で働けるというのは私にとってチャンスなのでは」前向きな彼女はそれを好機と捉えた。当時「キャリアを捨てることが恐くなかったのか」と尋ねたことがある。彼女の答えを忘れたことはない。 「12年かければこれだけのことが出来るという自信があった。日本を離れても努力すれば私はひとかどの人物になれると信じていました」   2016年渡米。彼女はその言葉通りの人生を突き進む。 子供を育てながら勉強し、2017年12月加州の看護師資格を取得。2019年9月からナーシングホーム(医療を受けられる介護施設)で働いた。 ずっとオペ室で働いてきた分、異世界だった。歯がない高齢者の言葉は分かりにくく、認知症患者は話の筋道がなく理解するのに苦労した。しかしこの時間が彼女の世界を広げる。「最初は不本意なフィールドでも経験を積むことは大事です」   同年12月に現在の職場Scripps Memorial Hospitalに転職。心臓外科オペ室のナースとして再び働き出した。毎日3~6件の開心手術を4部屋でまわす。   日米の医療現場の違いを聞いた。「患者に訴えられることもあるので、特にカウント・記録には気を使います。オリエンテーションでマスシューティングへの対応や興奮した攻撃的な患者家族への対応をロールプレイで学んだのはカルチャーショックでした」 オペ室の緊迫したなかでも敢えて空気を読まず言葉に出して確認する。「患者の安全のために一つずつのコミュニケーションが何より大切。だから流してしまった時は落ち込みます。患者のために行動できるかが私の存在意義ですから」   彼女を貫く信念はどこまでも真っ直ぐだ。その信念が今日も誰かを救っているんだろう。  

  • ママになっても
才能を活かしてほしい

マリンバ奏者

高田 直子

Naoko Takada
 


 

    ママになっても 才能を活かしてほしい マリンバ奏者 高田 直子 Naoko Takada    

    2020年03月26日 ロサンゼルスで暮らす人々

    ぽわん、ぽろん、ぽろろん。まるみを帯びた深い音色。スタジオに続く木製扉の前で耳を澄ませて立ち止まった。 マリンバという楽器をご存知の方はどれくらいいらっしゃるだろう。マリンバは、いわゆる木琴の一種。木琴の音は固く乾いた音であるのに対し、マリンバのそれはやわらかい。   マリンバ奏者の高田直子さんのスタジオを訪れた日は、空には雲ひとつなかった。開け放たれたドアの向こうにマリンバが見える。想像よりもずっと大きい。ビブラフォンもドラムもピアノもあった。光が注がれる楽器はどれも本当に神々しい。   マリンバはピアノよりも鍵盤数が多く感じたので尋ねてみると、すぐさまピアノの前に座り「そんなことないです。ほらね」と慣れた手つきで弾いてくれた。 なるほど、マリンバとピアノはまったく違う楽器にみえるが、考えてみれば同じ鍵盤打楽器だ。たたくことで音を出す。   出会いは8歳。母親と一緒に行った雛祭りコンサートだった。「最初は大きな家具だなって(笑)そこで聴いたのは『熊蜂の飛行』でした」 マリンバに出会ってしまった直子さんは「習いたい」と親に頼んだが、最初の頃は一時的なことだろうと相手にされなかった。けれども変わらぬ情熱に母親は「1回だけね」と約束して教室に連れて行ってくれた。   その1回が2回になり3回になった。そのうちに忘れるだろうと思った親の期待とは裏腹に、彼女の熱意は薄まるどころかどんどん増した。 父親は、新聞紙を切って音の出ない即席マリンバを作ってくれ、彼女はそれで練習した。 遂にマリンバを買ってもらったとき、あまりの嬉しさにマリンバの下で寝たほど。   先生についてめきめきと力をつけた彼女は、11歳で初めて舞台に立った。しかし中学の時に一度マリンバを辞めている。「舞台に立って以降は、周りからプロになるの?どうするの?と何度も聞かれ、それがすごく嫌だったんです」   早稲田大学の心理学科に進み、一年間の交換留学でカリフォルニア大学ノースリッジ校(CSUN)を訪れたことがその後の運命を大きく変える。早稲田を中退し、CSUNの音楽学科に編入し、再びマリンバと向き合う日々が始まったのだ。   「一日6時間、5年間集中すればプロになれる」と信じ、昼夜問わず練習に身を捧げた。 当時の自分の言葉をどう思うかと聞いたら「生意気だったと思います」と笑った。   2002年、ニューヨークで開かれたヤング・コンサート・アーティスト国際オーディションで優勝したことを機にプロとして始動。「20代のときは仕事を選べなかったけど今は選ぶことができて幸せ。子供と過ごす時間が何より大事です」   交換留学初日に出会ったご主人との間には2人の可愛い子供がいる。「才能があるのに子育てでやめてしまう人を私はもったいないと思う。 ママになっても自分の才能を活かしてほしい」彼女の演奏に勇気をもらう理由がわかった気がした。  

  • 出会った瞬間、これだと思った

サンドアーティスト

ラッセル 知絵

Chie Russell


 

    出会った瞬間、これだと思った サンドアーティスト ラッセル 知絵 Chie Russell  

    2020年03月18日 ロサンゼルスで暮らす人々

    NASP(ノースアメリカンサンドペインターズ協会)で講師資格を取得し、インストラクター、サンドアーティストとして活動するラッセル知絵さん。 連絡先:ラッセル知絵(サンドアーティスト) R.SandPaintingStudio@gmail.com 213-537-3957

  • 途中でやめるのはいつだって自分

NASA Jet Propulsion Laboratory システムズエンジニア

石松 拓人

Takuto Ishimatsu



 

    途中でやめるのはいつだって自分 NASA Jet Propulsion Laboratory システムズエンジニア 石松 拓人 Takuto Ishimatsu  

    2020年03月13日 ロサンゼルスで暮らす人々

    NASA Jet Propulsion Laboratory システムズエンジニアの石松拓人さん。2012年に着陸した火星ローバー『キュリオシティ』のエンジニアリングモデルの前で。

  • 民謡を通して、日本の美しさや日本の心を歌い継ぐ

民謡歌手

小杉 真リサ

Marisa Kosugi


 

    民謡を通して、日本の美しさや日本の心を歌い継ぐ 民謡歌手 小杉 真リサ Marisa Kosugi  

    2020年03月04日 ロサンゼルスで暮らす人々

    今年で創設55周年を迎える日本民謡「松豊会」の民謡歌手、小杉真リサさん。 photo by Albert Lien